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【ヒカル応援団集会所】#002_ヒカルの「学校をつくろう」のはじまり

押忍!ヒカルの「ひと回り離れた幼なじみ」シンです!
このブログでは、ヒカルの活躍っぷり、奮闘っぷりを、ヒカルの地元、下関市豊北町から全力で応援していきます!

目下のテーマは、ヒカルの「学校をつくろう」構想について!
ヒカルが、本人も気づかないくらい自然に、そして長い間、胸に抱き続けてきた「学校をつくろう」という想いが、次第にイメージとして自覚されていきます。

その背景には、1人の「(をとこ)」の存在がありました…!

2021年1月 山口県…

さぁ、このお話のスタートは2021年の初めにさかのぼります。ヒカルは、レストレーション創業以前からの相棒 長山 将悟さん(以下 ショウゴ)と、ふたりの母校である 山口県立豊浦高校 を訪れた後、ちょっと遅めの初詣として萩市の松陰神社へと向かいました。
そもそも社名の「Restoration」には「維新」という意味があるように、地方から日本全体に影響を及ぼすムーブメントを起こすということはすなわち「令和維新」を起こすということに他なりません。ヒカルとショウゴは、ふたりの共通する郷土愛・アイデンティティのルーツとなった豊浦高校と、会社の信念のルーツである明治維新の象徴、松陰神社と松下村塾を訪れ、気持ちも新たに邁進する決意をしました。

2017年の会社創立以前、高校を卒業してから地元である下関市豊北町を離れていたヒカルは、急激に進む過疎化によって、帰省するたびに想い出の詰まった学校や飲食店・スーパーなどがなくなり、街全体の活気が失われていく感覚に胸を痛めていました。
なかでも、2015年に閉校した下関市立田耕小学校、2006年に閉校した下関市立豊北第一中学校は、ヒカルが「ヒカルらしい」キャラクターを育んだ聖地とも呼べる場所であり、その聖地がなくなってしまうことは、ヒカルには受け入れ難い現実として捉えられました。

このままでは、愛する地元が跡形もなく消えてしまう

絶望に近い未来へ向かっている地元のため、当時関西でメガバンクに勤めていたヒカルが立ち上がることを決めた背景には、危機感や焦燥感がありました。

それでも、ピンチの中に希望を見出し、乗り越えるために努力を重ねる楽しさを知っているヒカルは、閉校した学校を利活用し、その校舎を中心として地域が発展していくイメージを思いつき、それをショウゴに熱く語ります。しかしこれはヒカルがどれだけ言葉を並べても、うまく説明できているのやら、ショウゴにきちんと伝わっているのやら…。

すると当時から映像などのメディアに携わる仕事をしていたショウゴが、ヒカルのイメージを聞くと、アッという間にその構想を分かりやすいイラストに描きました。
Webブラウザで見るイラストには、小学校の校舎を中心に、日常の買い物や食事、医療や行政などのサービスが展開し、観光や移住にも有効に作用している様子が描かれ、まさにヒカルのイメージどおりだったのです。これにはヒカルもビックリ‼︎

ここまで的確に自分の言葉を理解してくれて、考えを共有できる漢(おとこ)は他にいない…‼︎

さらに、なんということでしょう、ショウゴの描いたイラストは、Webブラウザ上で校舎をクリックすると、母校・田耕小学校の校歌が流れるYouTube動画にリンクするようになっているではありませんか。

この漢以外に相棒と呼べる人物はいない…!

当時のヒカルは会う人会う人にこれからこういうことを手がける会社を立ち上げるんだ、と意気揚々と語っては、ショウゴの描いたイラストや校歌の流れる仕掛けを自慢していました。

さぁ、ここまではエピローグです。次回からは、いよいよヒカルの「学校をつくろう」が動き出します!

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